★ 月夜のスクリーン ★
クリエイター唄(wped6501)
管理番号144-7820 オファー日2009-06-04(木) 13:00
オファーPC 真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
<ノベル>

 映画にはポップコーンがつきものだ。
 暗い空間に浮かび上がるスクリーン。海賊版防止のコマーシャルが終われば、炭酸飲料は買い終わったかと映画が訴える時代である。闇に潜む紙くずやストローを啜る音は、ポップコーンと炭酸飲料。そして何かが光ったならそれは、カメラ――違反行為の可能性が高い。



 視界が暗ければ判断を誤る事が多い。歩道を歩いていれば、ふいに足をとられて転げるように。人の見分けまでつかなくなってしまうのが人間というものだ。
(どうしようか、ふー坊)
 手元にはビジネスバッグ、左手には空のビニール袋を持って。かっちりとしたスーツの真船恭一は心の底で子供代わりのような白いバッキーへ、語りかける。
 真夜中のダウンタウン。ミッドタウンとは違い、場所によっては昼間から人気の無い場所は、この時間帯にもなると生物の消えたビルからは錆びの匂いが漂い、息すらも灰にまみれ、廃られた町を思い起こした。
「で? あれだけか?」
 普段ならば誰も居ない筈の場所に人が居る。
 眉間には盛り上がった眉を寄せ、喋る度に唾を吐き掛けんばかりに飛ばす男が。恭一に向かって怒鳴り散らすような大声を、つい今しがたからはき続けているのだ。
「あ、うん。 あれだけ……だよ?」
 向かう相手に怒りの色が見えると、同じ感情を見せるよりは萎縮してしまう。
 恭一は両手首に上手く荷物をまとめると、すぐに男へ向かって軽く手を上げてみせた。これは、動物でいう所の降参のポーズだが、自分自身が今どういう状況に遭遇しているか分からない分、どこか滑稽にも見える。
 スーツ姿の怖いお兄さん、おじさんに囲まれてどういう状況に合っているか分からない。日本人にしては背の高いその足で棒立ちになり、生まれた時からの顔立ちから、間抜けな表情も出来ないその理由は、これが偶然の代物であるが故だ。
 本日深夜も目前に、ダウンタウンに車を停めたのは少し距離を置いた場所にあるスーパーが駐車場も埋まる程の大盛況であったという事、恭一は駐車場以外で車を停めるのに多少は抵抗のある性格をしているという事実。そこまでして目当ての物を購入し、上機嫌で戻ってみれば今現在汚い言葉と態度を吐き捨てる男達が「それをよこせ」と何やら切羽詰った脅しをかけてきた、それが事に至った理由のほぼ、全てである。
(みんなお腹が空いているのかね……?)
 恭一の購入物。それはメリケン粉――正式名称は「半端無いメリケン粉」――。本来の名は小麦粉だ。
 銀幕市では日々、ムービースターにハザードといった事件が起き、更に教師という仕事も忙しい。蔑ろにしているつもりはないが、ないからこそ、本日愛する妻の誕生日にはふー坊と二人、ケーキを作ってやりたいと買ったのがメリケン粉の役割なのだ。が。
「おい、随分少ないじゃねぇか」
「ああ。 それは、三人分だからね」
 てめえ、それだけか。と今にも殴りかかってきそうな男を、また別の男が止めにかかる。
 白い粉を恭一から奪った男達は先ほどから、量がどうのと何かを言い合っているが、残念なことにメリケン粉をとられた本人が何故奪われたか、ついでにこの粉をどういう形で使用するか理解出来る言葉だけは飛び交っていないのだ。

「どうだ、そいつは十分に甘いか?」
「……いや、……それが」
 指にメリケン粉をつけ、舐めて味を確かめるのは刑事物のお約束である。が。
(ああ、やっぱりお腹が空いているんだ)
 刑事物のお約束が現実に通用しないという事実も、またお約束なのだ。
 白い粉に怪しい男達、そうくれば麻薬の取引現場と相場が決まっているが、現実世界でいかがわしい薬を舐めて確認するという事実は無いに等しく、怪しい薬や人物の言葉も符丁によって隠れている。
 ここは銀幕市、飢えたムービースターが居てもおかしくはなかったし、それを哀れむ真船恭一が居てもおかしくはない。
 恭一は実体化したムービースターが腹を空かせているものだと、半ば勘違いをし始めているのだ。妻と同様に愛しいふー坊に危害を加えられないのならば、怒る必要もない。メリケン粉ならばまた買ってくればいい。頭の中では先程から飼いならされた羊の如く、平和的な解決方法だけが過ぎっていた。
「まぁ良いだろう。 こいつは貰っておく、そのまま帰るんだな」
 お前の取り分は無いだろうが、と小声で言う男へ、メリケン粉を奪われれば確かに自分のケーキは作れないだろうと言ってやりたくなる。
「はあ、はい。 どうぞ」
 喉の底で小さく渦巻く不満をムービースターであろう、彼らへの助けになるのだと思いとどまって頷いた。
 知らない会話を一通り終えた男達は、恭一の車を遮るように停めている小さなリムジン上に待機していたジェラルミンケースに奪った物を入れ、ある者は舌打ちと、ある者は満足の表情とを浮かべながら車内へと引き上げていく。

「また、買えば良いか」

 リムジンに数人の男達が乗り込み――人気の無い場所に満足な明かりは無く、極力控えめに発言しているらしい男達である為、何人であるか把握は出来なかった――ようやく静けさと、妻へのケーキという大きな目標に目覚めた恭一はエンジンの煙に数度咳払いをしてから、手に持った空のレジ袋を見た。
「あれ……?」
 メリケン粉が無くなったのは当たり前として、男達に絡まれている時から、当たり前のように自分にへばりついている存在が見当たらない不審に、いつも柔らかく微笑んでいる口も歪む。
「ふー坊……どこにいっ――」
「おい、貴様。 ブツも持たずに何やってやがる」
 恭一に背後から、まるで先程の男達のような口調の数人が声を浴びせ、同時に車を乗りつける音がした。窓から顔を出した一人から敵意をもった言葉を投げかけられ、ここはいつもならば腰を低くし、謝る場面へ突入するだろう。

「……あれ。 どこにいったんだい!? ふー坊!?」

 しかし、今日この場面で恭一は背後の男達に気をとられる事も無く、片手に下がったビジネスバックとレジ袋、薄手のコートまでをせわしなく確認し、雷の落ちた大木の如く、耳の張り裂ける声を上げながら愛するバッキーの名を呼んだ。
 今まで自分についていたと思っていた、あの白く愛らしい我が子とも言えるふー坊が居なかったとは、何故今まで気付かなかったのだろう。後悔と焦りに駆られながらも、ここではないかと、覗いた自分の車には矢張りおらず、喉からは隙間風の通るような音が鳴り響く。
「てめ、聞いてるのか!?」
 どんなに叫んでも動かない恭一に、背後の声は怒りが既に頂点に達している。それでも、彼らにとって理解不能なふー坊という単語を連発する姿は手が出しにくいものなのだろう。前方を走っていたリムジンのエンジン音が鳴り響き。
「待て、あっちに奴らの足があるぞ!」
 ここでようやく、怒鳴り散らしていた男の一人が今にも消え去りそうなメリケン粉泥棒へと標的を移した。
「ちくしょう! 奴らの足を止めろ! くそっ、ぶっぱなしてきやがったか!」
 恭一がふー坊に必死ならば、男達も必死だ。標的の変更に再びエンジン音が鳴り、大きな金属音が聞こえたかと思うと、目の前に大きな火花が散る。
「っ!? なにを……」
 ふー坊の居所を自分の車で探し、居なければ愕然とした表情で辺りを見回していた恭一は、火花が散って数秒、突然降りかかった身の危険に硬直するも、次には大きな破裂音と共に、車体が沈む感覚を覚え、ようやく自分が見逃したメリケン粉泥棒が乗るリムジンと、後から来た男達による銃撃戦が開始された事実を理解した。

 恭一の車は使い物にならなくなり、銃撃戦といって思い浮かぶのは映画で見る、ガソリンに爆発する危険な場面。これでは。
「ふー坊が危ないじゃないか!!」
 まず自らが危ないという事実に向き合わず、恭一はまずそれだけを大声で口にした。
 後ろから来た車はもう発進の準備を済ませ、標的に向かい銃を撃ち続けている。メリケン粉泥棒も同じようで、時折こちらに来る流れ弾が鋭い火花を放っている。
 人気の無かった筈の風景から一変、マフィアの銃撃戦さながらといった現状で、恭一のふー坊の姿は無い。車内に居なければどこに居るのか、メリケン粉を奪われた時自分から離れてしまったのか。
 回る思考の中で、唯一確認出来る抗争の中枢が白く点滅している。

「あいつぁ、なんだ?」
 近くで銃を放っている男の一人が、恭一と同じ物へと視線を巡らせた。
「……! ありゃあ、バッキーだな。 ムービースターを食っちまうって話だが……こりゃ、生かしておくとこっちが危ねぇ」
 呆然としているわけにもいかなかったが、男達の会話を聞くほかふー坊への手がかりが無い。右から左へと流れる会話を耳にして、恭一の頭脳の奥深く、潜在意識に届いた単語は矢張りこの二つ。

 バッキー。生かしておけない。

「バッキー……!! ふー坊!!」

 その時の恭一は、燃える炎だった。
 普段上品かつ少々強面にも見える容姿に似合わず、終始穏やかで対面する全ての人間に丁寧に接している。バッキーならば目元を緩ませ、人生の中でこれ以上ないという顔をしている人間が。
「お、おい。 あの変なオヤジがこっちに来るぞ!!」
 まず、恭一は銃弾をもろともせずにエンジンのかかった後方の車。発砲している窓をしっかりと両手で掴んだ。
「なんだ、なんだってんだ!?」
 銃を持ち、発砲している男達も所謂良い人の類ではない。向かってくる者があれば容赦無く撃ち殺すのが彼らの常識だろう。一度、恭一にも向けられた銃ではあったが、向かってくる「ふー坊のパパ」を前にして、その凶器を下ろさずにはいられない。
「車を貸して下さい! 今、すぐに!!」
 般若の形相ではない。細い眉を限界まで吊り上げ、丸みを帯びた穏やかな口からは牙を剥かんとばかりの表情。加えて生来の強面と、迫力のある声色は十分に男達の恐怖を超越した畏怖を誘うものであった。
「い、いや。 俺たちはブツをお……」
「早く、降りてくれないか!!」
 辛うじて恭一へ反論を向ける男はいても、それは無駄な足掻きとして強面に却下される。
 力のあるムービースターではない、ふー坊が居なければ恭一は武器も持たぬ一般人に近い。だというのに、この闘気はどこから来るのだろう。闇夜で遮られる視界に煌々と燃え上がる炎は、車内の男達を無条件に下ろし、乗り込むと前方からの銃撃をもろともせず、発車した。

「な、なんなんだ。 あいつ」
「知らねぇよ! 俺に聞くな」
 恭一に車を奪われ、ただ流れ弾を避けるようにして散り散りになった男達は口々にあの殺人鬼でさえ退けかねない男への戸惑いを口にする。
「お、おい。 それより、俺たちの迎えは来るんだろうな?」
 眼前には奪われた車が、その先には男達が当初目的としていたリムジンがちょっとした銃撃戦とカーチェイスを繰り広げている。が、車という足を奪われれば怪しい粉を持ち帰る術も無い。
「しまった、こいつはボスに殺される……!」
 物陰に隠れ、火花に怯え、無害だった筈の恭一にも怯える。
 男達は暫しの沈黙の後、身震いをしながらポマードで固めた頭を抱えるのだった。

 車を発進させるまでは良い。エンジンはかかっているから、後は上手くハンドルを切るだけだ。メリケン粉泥棒も今までの銃撃戦でその黒い車体に穴を開けている。
(無事でいてくれ、ふー坊!)
 しかし、肝心のふー坊の安否だけは確保されていない。ムービースターはバッキーが彼らを食す事ができるという事実を知っている。加えて、会話からメリケン粉泥棒も車を貸してくれた男達も良い人ではない印象が強い。

「ちっくしょ、バッキーじゃねぇか!?」

 前方を走るメリケン粉泥棒達の声が、夜空にけたたましく響く。彼らの声と同様に前の車体は大きく揺れ、蛇行しながら内部に居る男達の身体が時折窓からはみ出した。
「くっ、これじゃあ、危ない!」
 蛇行し、電柱に擦られた前方の車体から剥がれる鉄くずを、ハンドルを切って寸で交わす。
 車を走らせてから数分ではあるが、暗い夜道の目前に海が見えている。当然、突っ込めば怪我人の一人や二人出るかもしれない。が、恭一の頭には下手をすれば自らも海に落ちるという仮定よりも、怪我人よりもまず先にふー坊が危ないという事実しか頭には無く。
「く、くそ、食われる! バッキーがっ、ぎゃあっ!」
 メリケン粉泥棒の慌てふためく声と共に、恭一からも見えてくる車内では、ふー坊の白い身体が駆け回るのが見えた。
「来るな、くるなあああああぁ!!」
 食われる! そう叫ぶメリケン粉泥棒達が振り回す銃、そしてジェラルミンケースが恭一は一番怖い。どれか一つでもふー坊に当たったならどうなってしまうだろう。心臓を鷲掴みにされたように身震いし、頭髪までもが逆立つ思いで車のスピードを上げる。

 遠く、騒ぎの先から小さな波音が聞こえた。
 時間が、無い。
「ふー坊! こっちにおいで! 飛び降りるんだ!!」
 海側へ泥棒達のリムジンが傾くのを見計らって、恭一は今だとアクセルを踏む。急速にスピードを上げた車体は並び、蛇行し続けていた事で捲られたドアの先からふー坊の白い顔と、続いて身体がはっきりと見えた。
 人間とバッキー。信頼しているパートナー。父と子。絶対に受け止めるとハンドルを握ったまま、恭一はふー坊へ合図を送る。
 精一杯の勇気を振り絞ったような、小さな身体を一度縮めて、恭一の空けた車窓へ飛び移った。
 白いバッキーの身体が恭一の方へ文字通り、飛んでくる。
「くそっ、撃て! ――……」
 余裕の無い声を上げ、その背後から男の黒い姿が飛び出し、銃を構えた。
 危ない、なんとか避けられぬだろうか、恭一が考える暇も無く、メリケン粉泥棒達のリムジンは轟音を立てたかと思うと、視界からスローモーションで消えていく。途端、今度は水音が響き、ここが海との境界線であった事にもう一度気がつく。
「……ふー坊、大丈夫かい?」
 酷く気の抜けた恭一の一言が、細波音が溶ける闇夜に響いた。スピードを出していた車は急速に速度を下げ、最後には停止する。
 改めて、助手席に潰れるようにして乗り込んだふー坊を覗き見て、大きく息を吸い込み、吐き出す。笑顔を取り戻した恭一の口が、これ以上開かない程に大きく、力強く開き。
「良かった! ごめんよ、ふー坊を忘れるなんて僕はどうにかしている!!」
 バッキーとは衝撃にあまり強い生き物ではない。助手席のクッションでそれを和らげていたものの、恭一が抱きしめる力は本人が加減しなければならなく、一度頬ずりをした後、名残惜しげに上着に作成したふー坊専用のポケットへ滑り込ませ、また顔をくしゃくしゃにしながら蕩けてしまいそうな笑みを浮かべる。
「さあ、道草を食ってしまったね。 またメリケン粉を買ってからだけど、なるべく早く帰らないといかん」
 車から降りればすぐに、携帯電話で対策課へ、メリケン粉泥棒改めムービースター達を通報した。
 ダウンタウンの駐車場を過ぎた道、聞こえるのは潮騒の音と少し前に聞いた男達の騒ぐ声。手元にあったビジネスバッグはまた取りに戻らなければならなかったし、メリケン粉はこれから物価の高いコンビニで調達せねばならない。
「少し遅れてしまうけれど、美春はきっと待っててくれるね? ふー坊」
 ポケットを覗けばふー坊が、こちらを見つめ首を捻る。それだけで、恭一は何故メリケン粉が奪われたのか、男達は結局何がしたかったのかどうでもいいと思えてしまうのだ。
「それじゃあ、帰ろうか」
 ふー坊の白い頬を指先で撫で、恭一は革靴の固い音を夜空に響かせる。
 胸に抱いた小さな、白い子。
 人ではない、ふー坊を得て恭一は今日も、家族の為に生きる。それはどんなに時間が経てども、どんな未来が待ちうけようとも消えない記憶なのだ。

 闇夜に映る月は、さながら映画のスクリーンか。
 空から照らされる静かな光りが、パニックシーンを終え、寄り添う親子に淡い喝采を贈っていた。


END

クリエイターコメント真船恭一様

始めまして、オファー有難う御座います。WRの唄です。
今回子供のようなふー坊くんを思う真船様のストーリーとして、終始ふー坊くんしか見えていない暴走気味のお父様といった雰囲気で書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか?
メリケン粉泥棒や男達の描写はある程度控えめにしてしまったので、目立つ描写は致しませんでしたが、真船様の剣幕に迫られてみたりと、味のある描写が出来ていたらと思います。
また、ストーリー上やむ終えなく捏造等してしまいましたが、やってはいけなかった事が御座いましたら申し訳御座いません。
それでは、また、いつかお会い出来る事を祈りまして。

唄 拝
公開日時2009-06-08(月) 23:00
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